この記事では、『VIVANT』第1シーズンと、第2シーズン第16話の内容に触れています。未視聴の方はご注意ください。
きっかけは、第16話でした。
核融合のデータをめぐって国が動く展開を見ながら、第1シーズンでテントが掘っていた鉱石を思い出したんです。そうしたら急に、あの地割れの場面をどこで撮ったのかが知りたくなりました。
そこから調べ始めて、結局バルカ共和国の場所を全部たどることになりました。どこまでも続く砂の丘。白い円い家。日本の建物のような大使館。国名は架空でも、映っていたものはどこかに実在するはずです。
やってみると、劇中の場所と現実の場所は、思っていたよりきれいに一対一で対応していました。そして最後にひとつ、モンゴルではない場所が混ざっていました。
バルカ共和国は実在する?|架空の国だけど、撮影した国は実在する
先に答えを書きます。バルカ共和国は実在しません。『VIVANT』のなかにだけ存在する国です。
第2シーズンのゴルバド共和国と同じ仕組みですね。地図で探しても出てきません。
では、あの景色はどこで撮ったのか。モンゴルです。
演出の福澤克雄さんは、TBSのインタビューでバルカの場面をモンゴルで撮影したと語っています。しかもロケの規模がかなり大きく、その後TBS公式サイトでは、旅行会社と組んだ公式協力のモンゴル旅行ツアーまで案内されました。「実際にあの場所へ行ける」という形で、ロケ地が公式に公開されたわけです。
つまりこの記事で紹介する場所は、ロケ地まとめサイトの推測ではなく、制作側と旅行会社が公式に出した資料でたどれる場所が中心になります。
ただし、全部が公表されているわけではありません。公式に確認できたものと、そうでないものは、この記事の中でも分けて書きます。
先に一覧にしておきます。左が劇中の場所、右が実際の撮影地です。
- 首都クーダン → ウランバートル(モンゴル)
- クーダンの広場 → スフバートル広場
- バルカ国際銀行 → モンゴル国立ドラマ劇場
- クーダンイーストホテル → ケンピンスキーホテル・ハーンパレス
- 第7話でノコルと対峙した建物 → ナライハ地区の建物
- バルカの砂漠 → 南ゴビ、ホンゴル砂丘
- バルカの日本大使館 → ブーダイホテル+愛知県庁(館内の一部)
- フローライト鉱山の地上 → モンゴルの本物の鉱山跡(名称は非公表)
- 同・地下の空洞 → 小堀谷鍾乳洞(静岡県浜松市)
- 大臣と面会した広間 → モンゴル国立子どもの宮殿
ここから、ひとつずつ見ていきます。
首都クーダンはウランバートル|広場も銀行も実在する建物だった

バルカの首都はクーダンという名前でした。乃木さんが降り立ち、車で走り、広場を歩いた街です。
このクーダンにあたるのが、モンゴルの首都ウランバートル。公式協力ツアーの資料でも、クーダンの街としてウランバートルが案内されています。
劇中で人が行き交っていたあの広場は、ウランバートルの中心にあるスフバートル広場。上の写真の場所です。奥に列柱の並ぶ大きな建物が見えますが、これが政府宮殿。広場の広さと、周りに新しい高層ビルが立ち並んでいる感じは、劇中の印象そのままだと思います。
街の中の建物も、いくつか対応が分かっています。
- バルカ国際銀行 → モンゴル国立ドラマ劇場
- クーダンイーストホテル → ケンピンスキーホテル・ハーンパレス(ウランバートル)
- 第7話で別班6人とノコルが対峙した建物 → ウランバートル郊外、ナライハ地区の建物

上の写真が、バルカ国際銀行になったモンゴル国立ドラマ劇場です。
赤い壁に、白い太い柱がずらりと並んでいます。屋根の中央には紋章。銀行と言われれば銀行に見えるし、劇場と言われれば劇場に見える。どちらにも見える建物です。
銀行が劇場だった、というのが個人的にいちばん驚きました。あの重厚な入口は、もともと舞台のための建物だったわけです。
なお、第2シーズンで名前が出た「クーダン国立飛行訓練所」については、劇中の施設名までしか確認できていません。実際にどこで撮ったのかは公表されていないので、ここでは場所を断定しないでおきます。
バルカの砂漠は南ゴビ|ホンゴル砂丘と、第3話の国境越え

『VIVANT』といえば、まず砂漠だと思います。乃木さんとドラムが歩き、太陽に焼かれていたあの場所。
公式協力ツアーで砂漠の行き先として案内されているのが、南ゴビ、そしてホンゴル砂丘です。
上の写真がホンゴル砂丘。稜線のところに人が小さく写っているのが分かるでしょうか。この比率が、あの砂漠の大きさをそのまま説明していると思います。人が豆粒になる。
ホンゴル砂丘は、ゴビ砂漠の中でも特に大きな砂丘地帯として知られています。ドラマで見た「歩いても歩いても景色が変わらない」感じは、誇張ではなかったということですね。

もう1枚、同じホンゴル砂丘です。
こちらのほうが、あの土地の構造がよく分かると思います。手前は乾いた砂利の平地、そのあとに草の帯、そして砂丘、いちばん奥に青い山。砂漠と聞いて思い浮かべる「砂だけの世界」ではありません。
ラクダの列が横切っているので、大きさの見当もつきます。あの砂丘は、山と同じくらいの高さがあります。
乃木さんたちがひたすら歩いていたのは、こういう場所でした。
第3話の国境越えはどこ?|劇中の国境は架空です

第3話で、乃木さんたちは国境を越えます。バルカとモンゴルの国境、という設定でした。
ここは注意が必要です。劇中の国境は架空のものです。バルカという国が存在しない以上、その国境も存在しません。
そして、あの場面を実際にどこで撮影したのかは、公式に発表されていません。ロケ地紹介サイトにはいくつか候補が挙がっていますが、公式資料や別の独立した資料と突き合わせられていないので、この記事では場所を断定しません。
上の写真は、ゴビ砂漠を通る道です。この写真がロケ地というわけではありません。ただ、「国境らしいものが何もない土地を、轍だけを頼りに越えていく」という劇中の感覚は、この景色に近いはずです。
道路標識も検問所も見えない。あの緊張感は、こういう場所だから成立していたのだと思います。
バルカの日本大使館|モンゴルのホテルと、愛知県庁

バルカにある日本大使館。乃木さんが駆け込み、話し合いが行われた場所です。
ここは2か所を組み合わせて作られていました。
ひとつは、モンゴルのブーダイホテル。もうひとつが、愛知県庁本庁舎です。館内の場面の一部が、愛知県庁で撮影されたことが地元局の報道で伝えられています。
上の写真が、その愛知県庁本庁舎。赤レンガの洋風の建物に、日本の城のような緑の瓦屋根が乗っています。「帝冠様式」と呼ばれる、昭和初期に流行した建て方です。
言われてみると、たしかに大使館の内側にあった雰囲気です。海外にある日本の建物、という設定に、日本と西洋が混ざった建築はぴったりだったのだと思います。
ただし、建物の外観すべてがここというわけではありません。あくまで館内の場面の一部です。モンゴルのホテルと組み合わせて、ひとつの大使館に見せていた、という理解が正確だと思います。
海外ロケの大作なのに、いちばん日本らしい場面は日本で撮っていた。そこが面白いところです。
バルカの家はゲル|円い格子壁と屋根棒でできた、移動する家

バルカの人たちが暮らしていた、白い円い家。あれはゲルです。モンゴルの移動式住居で、日本では「パオ」の名前でも知られています。
上の写真が内側です。壁は木の格子、天井は中央の輪から放射状に棒が伸びています。これをキャンバスとフェルトで覆い、ロープで締めて仕上げます。
この作り方と慣習が、2013年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。家の形そのものが、守るべき文化になっているということです。
劇中で中の場面を見たとき、意外と広いなと思いました。格子の壁が円を描いているので、四角い部屋のような角の無駄が出ません。
そして、この家は移動できます。解体して運び、また組み立てる。土地に縛られない暮らしの形です。
バルカという国が、地図の上に固定されない架空の国であることと、住まいが移動する家であること。ここは偶然だと思いますが、並べてみると妙にしっくりきます。
フローライトの鉱山|地上はモンゴル、地下は日本の鍾乳洞
地面が裂けている、あの鉱山の場面。フローライト(蛍石)の鉱山として出てきた場所です。
ここも、地上と地下で撮影場所が違います。
地上の、地割れが見えている部分。TBSの公式投稿によると、これはモンゴルにある本物のフローライト鉱山跡で撮影されています。セットではなく、実際に採掘が行われていた場所です。
ただし、鉱山の名前は公表されていません。候補として挙げている記事はありますが、映像やクレジットからの推定なので、この記事では鉱山名を書きません。
そして地下の空洞。あの、ひんやりとした岩肌の場面。
こちらは日本です。静岡県浜松市の小堀谷鍾乳洞(青谷鍾乳洞)で撮影されています。
モンゴルの荒野を歩いて入っていった先が、日本の鍾乳洞だった。この繋ぎ方は、言われるまでまったく気づきませんでした。地上の乾いた土と、地下の湿った岩。あの温度差が、じつは撮影場所の違いそのものだったわけです。
なお、そもそもフローライトとはどんな鉱石なのか、なぜ世界中の国が欲しがるのかも調べました。半導体からウラン濃縮まで、思っていたよりずっと大きな話につながっていきます。長くなったので、こちらは別の記事にまとめました。
大臣と会った華やかな部屋|モンゴル国立子どもの宮殿

第9話、乃木さんとノコルたちが国土交通大臣と面会する場面。青い天井に金色の装飾がほどこされた、やたらと豪華な部屋でした。
この部屋の場所が、いちばん調べるのに苦労しました。
正解は、ウランバートルにあるモンゴル国立子どもの宮殿とみられます。ロケ地の記録と撮影協力の表記から、この建物にたどり着きました。上の写真がその外観です。
「子どもの宮殿」という名前から想像する建物とは、かなり印象が違うと思います。もともとは子どものための文化施設で、社会主義時代に各国で作られた「ピオネール宮殿」の流れをくむ建物です。だからこそ、内部に大きくて格式のある広間があります。
ひとつだけ正直に書いておくと、劇中のあの華やかな内装が、常設のものかどうかまでは確認できていません。装飾を持ち込んで飾った可能性もあります。確認できたのは建物までです。
なお、この部屋は日本大使館の広間ではありません。青い天井と金の装飾から愛知県庁だと考えたくなりますが、別の場所です。わたしも一度そう思い込んで、調べ直しました。
なぜモンゴルがバルカに合ったのか
ここまで場所を並べてきて、最後にひとつ思ったことがあります。
なぜバルカは、モンゴルで撮られたのでしょうか。
砂漠が必要だったから、というのは半分だと思います。砂漠だけなら、他にもある。
もう半分は、モンゴルには「国境が見えない」からではないかと思っています。
第3話で乃木さんたちが越えた国境には、壁も検問所も出てきませんでした。轍と地平線しかない。あそこで越境が成立するのは、そもそも土地に線が引かれていないように見えるからです。
そして、そこに立っているのがゲルです。組み立てて、暮らして、また解体して運ぶ家。土地に根を張らない住まい。
バルカ共和国は、地図に載っていない国です。どこにあるとも書かれず、周りの国との関係も曖昧なまま、物語の中だけに存在している。
その「どこにあるとも言えない国」を成立させるのに、線の見えない大地と、動く家は、これ以上ないくらい向いていたはずです。もしヨーロッパの街並みで撮っていたら、視聴者はすぐに「あの国のあのあたりだ」と当ててしまったと思います。
さらに言えば、日本大使館の内側だけを日本で撮り、地下の空洞も日本で撮っている。外は徹底的に「どこでもない場所」、内側はしっかり日本。この配分が、あの独特の距離感を作っていたのではないでしょうか。
第2シーズンのゴルバド共和国では、この役割をアゼルバイジャンが引き受けています。そちらは砂漠ではなく、東西の文化が交わる古都でした。同じ「架空の国」でも、選んだ土地が違えば、物語の手ざわりまで変わる。
そう思って見返すと、第1シーズンの砂の景色が、また少し違って見えてきます。
この記事で確認できていないこと
- フローライト鉱山の名前(TBSは公表していません)
- 第3話の国境越えの実際の撮影地点
- 「クーダン国立飛行訓練所」の実際のロケ地
- 劇中で出てくる県名などの地名が、公式設定かどうか
- フローライトと、第16話の核融合技術がつながるのかどうか(劇中で説明されていません)
いずれも、公式または出どころの違う資料で裏が取れた時点で追記します。
写真クレジット
- 愛知県庁本庁舎:Photo: Alpsdake / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(サイズ変更)
- ゴビ砂漠の道:Photo: Iurii Volkov / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(サイズ変更)
- モンゴル国立子どもの宮殿:Photo: Chongkian / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(サイズ変更・トリミング)
- モンゴル国立ドラマ劇場:Photo: Orgio89 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(サイズ変更)
- ホンゴル砂丘の2枚(Bernard Gagnon)、ゲルの内部(Orgio89)、スフバートル広場(Ts. Yesui)は CC0 1.0
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